中伊豆の名所・旧跡のご紹介。 
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下白岩の
有孔虫化石

 白岩の西区一帯の地層は、白い岩石で形成されていて、一部が路頭しています。「白岩」の地名はこれから起こっています。ここは直径3〜4mmの円盤型をした、原生動物の大型有孔虫化石を産することを全国的に知られ、古くから多くの人が訪れています。伊豆半島は昔、南方洋上に浮かぶ一火山島で地殻変動によって北上し、およそ100万年前に本州に衝突したという学説があります。日本の他の地域と伊豆半島では、この化石の年代が大きくずれているため、その説を証明するものとして、学術上貴重な資料とされています。
地域:中伊豆

上白岩遺跡

 白岩遺跡は、今から約4千年前の縄文時代中期から後期にかけて営まれた遺跡です。大見川の河岸段丘に立地しています。昭和51年に最初の地域を発掘調査したところ、多くの土器や石器とともに、縄文時代後期を中心とする大規模な配石遺構が発見されました。その中の環状の積石遺構は、大小数個の石で細長い石を中心に円形に配置し、これらを鎖のように連続して並べ直径約15メートルの環状にしたものです。この遺構は全国にも非常に珍しいものです。また、配石遺構の下部からは墓地と考えられる多くの土壙や埋甕が発見され、性格が明確でない配石遺構の一面を示す貴重な資料です。これらの配石遺構や住居址、土壙は、さらに東側の区域にも広がっており、全体では全国でも有数の規模を持つ遺跡であると考えられています。
地域:中伊豆

大井上康
学術文献資料館

 大井上康は、明治25年広島県出身です。茨城県のブドウ園で技師として働いた後、自分の農業理論を実践するため「理農学研究所」を設立して、本格的なブドウの研究をこの地で始めました。苦悩の研究の末、昭和19年に新品種の交配に成功し、研究所から見える富士山にちなんで、ブドウは巨峰と命名されました。この建物は木造平屋建ての洋風建築で103.15m2。大井上康が大正8年にブドウの研究をするために自ら設計し、東京から大工を連れてきて建築した建物です。現在は、さまざまな学術資料が展示・保管されています。
地域:中伊豆

實成寺祖師堂
の彫刻

 この祖師堂には立派な彫刻が保存されています。作者は松崎町江奈出身で、石田富次郎という狩野派の画法を修め名人といわれた人物です。彫刻は祖師向拝正面に鳳凰の舞う姿、左右の木鼻には獅子と象、そして内側のタバサミはボタンの咲き乱れる様子が彫られています。堂内正面欄間一面に見事な透かし彫りがあり、松・竹・梅の林が浮き出し、その林間に神仙人と童児が楽しそうに巻物をひろげて話し合っています。両側の欄間には、五彩の雲間に鶴の舞いあそぶ姿が彫られています。
地域:中伊豆

大宮神社の社叢
(しゃそう=森)

 大宮神社は旧下大見村社として、古くから周辺住民から崇敬されてきました。祭神は大己貴命(おおなおちのみこと=大国主命)といわれ、棟札に弘安年間、(1278年)のものがあり、かなり古いものと思われます。位置的に富士を見、上白岩遺跡が正面にあり、地名として元村の名があるところからも、当地方での最古の歴史をもつ神社であることが想像されます。総面積7712.4m2の広大な敷地に松、樫、杉の老木をはじめ、数多くの樹木がうっそうと生い茂る荘厳な社叢となり、豊富な木の実を求める野鳥の楽園となっています。昭和59年、静岡県「ふるさとの自然百選」に「お宮の森」として選定されました。
地域:中伊豆

大見小藤太成家
の墓

 大見小藤太成家は、この地の豪族大見氏の一族で、伊東氏の一族、工藤左衛門尉祐経の家臣でした。そして伊東祐親と工藤祐経との所領争いのため主命に殉じた武将です。工藤祐経は、京に出仕している間に伊東の庄を祐親に奪われてしまい、そのため所領を取返えそうと、大見小藤太と八幡三郎行氏に伊東祐親暗殺を持ちかけました。襲撃は失敗し、その子河津三郎祐泰の命を奪ってしまった2人は、祐親の次男祐清の軍勢に討ち取られてしまいました。この事件が発端となった、曽我兄弟の富士の仇討ちは有名です。小藤太の邸跡は現在の実成寺で、また、山城は柳瀬の神社付近一帯で空壕や城ヶ平などの地名に昔をしのぶことができます。墓は鎌倉時代のものですが、塔身は明和5年(1768)に再補修されました。
地域:中伊豆

万城の滝

 地蔵堂川の上流にあるこの滝は、伊豆の天城山から湧き出た清流をあつめ、高さ20メートル、幅6メートルの瀑布となって落ちています。以前は裏見の滝として、裏側を歩道が通っていましたが、現在は危険防止のため通行できません。西側通路の傍らに不動明王2体が祀られていて、古くから修験者の霊場であったことがわかります。また、周囲には珍しいシダ類や種々の寄生(やどり)木(ぎ)などもみられます。この滝の入口に昭和54年から「萬城の滝キャンプ場」を開設しています。シーズンにはキャンプを楽しむ人たち、涼を求める人たちで賑わっています。
地域:中伊豆

貴僧坊水神社
の湧水

 水神社は罔像女(みずはめの)命(みこと)を祀り、寛文13年(1673)字上耕地に創建され、明治6年にこの地に遷座しました。本殿北側にある境内石垣の下からは、清らかな湧水が多量に出ていて、その下にはわさび田が広がります。境内に近いわさび田は水神社の所有で、氏子が管理栽培しており宮沢と呼んでいます。
地域:中伊豆